「善」だけでなく「負」に向き合う。サスティナビリティで企業がすべきこと

5月11日に開かれた日本経営変革フォーラムで、サスティナビリティとイノベーションが専門のJulia Binder教授が登壇し、サスティナビリティ領域での企業の責任と役割を語り、参加した日本の代表的企業のCxOの方々と議論しました。講演部分の一部をご紹介します。

企業の目標設定に欠けているバランス

サステナビリティは、とりわけ気候変動に重点を置いた環境に関する課題として解釈されがちです。確かに環境問題は間違いなく重要ですが、この言葉の意味をもっと広げる必要があります。

例えば、ハシナガチョウザメを見たことのある方はいますか?氷河期をも生き抜いた世界最大の古代魚で、多くの危機を乗り越え生き延びてきました。しかし、人間が生態系に与えた影響を受けて絶滅してしまったのです。

ハシナガチョウザメの辿った運命は、私たち人類が生態系に及ぼしている責任を示唆し、生物多様性に迫る危機への注意喚起ともいえます。「第六の大量絶滅」が起きていると述べている科学者もいます。

スウェーデンの科学者たちは、地球に対する人間の責任の範囲を示したフレームワークを提示しました。このフレームワークでは、生物多様性、気候変動、淡水使用の可能性、化学物質の汚染など、人間が保護すべき9つのプロセス「プラネタリー・バウンダリー」が定義されています。

企業にとっての課題は、自社の活動がこれらの事象にどのように影響を及ぼしているのかを理解し、数値化することです。

マッキンゼーの研究でも、企業のサステナビリティに関する目標設定には、このプラネタリー・バウンダリーのプロセス間のバランスが取れていないことが指摘されています。

気候変動はすでに企業目標として取り入れられているのに、淡水の使用や化学・プラスチックの汚染など、他のプロセスについては、目標が十分提示されていないのです。これらの指標を数値化することは非常に難しいという点をおいても、企業がより広く環境面の指標を知る必要があることが、この調査で浮き彫りになりました。従来、企業は政治的に中立な立場をとってきましたが、今や企業の社会問題に対するアプローチが求められる時代になってきています。

また、ダイバーシティとインクルージョンは大きく違うことを念頭に置いてください。性別や年齢、宗教や国籍などの多様性を高めていくことは絶対重要ですが、ほんとうの意味で多様性の恩恵を受けるには、違いを積極的に受け入れ、意思決定の質の向上にまで持ち込む必要があります。

バリューチェーン全体で、人権、児童労働、奴隷的な労働についての問題が見直されています。日本ではまだ、あまり意識されていませんが、世界的には、新型コロナウイルス感染症によって、児童労働の増加、失業率の増加、極度の貧困レベルの上昇など、グローバルな社会としてあってはならない方向へと歩み始めてしまっています。

環境的な側面の測定が難しいことはすでに述べましたが、それは社会的な側面でも同様です。投資家や規制当局、企業は徐々に社会的問題に向き合いつつあります。特に重要なのは、取り組みそのものではなく、その結果もたらされた効果を評価することです。つまり、メンタルヘルス改善のプログラムを何人が受けただけでなく、ジャマイカの人々の健康がどう改善されたかも見るべきなのです。

環境負荷の上に成り立つ「発展」

日本の生活レベルは非常に高く、衛生設備や医療へのアクセスも整備され、雇用率も非常に高い。つまり社会的なニーズはすべて達成されているのです。しかしこの状態も、環境への負荷の上に成り立っているのです。

これは日本に限ったことではなく、世界中で起こっていることです。経済成長によって貧困から脱却できたとしても、必ず環境破壊という犠牲を生んでいます。したがって、経済成長と環境への影響をどのように調和させるか、ということが世界的に大きな課題となっています。

環境と社会の境界を守ることができるよう、誰もがよりよい経済活動を行う必要があるという点においては、いまだに「発展途上国」と言えるでしょう。

サステナビリティがビジネスを変革する

変革し続ける世の中で、企業の社会的な役割も変わってきました。

従来、企業は株主価値をどれだけ大きくできるかということに尽力してきました。しかし今は、企業の成功に関与する全てのステークホルダーの利益の関係性を踏まえた価値の創出に重点を置くようになっています。

変化の激しいマーケットを生き延びる上で、ESGとは何なのかを改めて考えることが重要です。

ESGでは、環境や社会、ガバナンスという3つの領域の要素が、どの程度企業の戦略や運営、報告に取り入れられているかが重要になってきます。

ESGは一定の利益を上げた企業のためのもので、「贅沢なテーマ」とも言われています。しかしそれは本当でしょうか?よいことをする、という考えは歓迎すべきものですが、自社の活動が何にどんな影響を与えるのか、どの程度理解しているのでしょうか。

ESGとサステナビリティは、その違いで誤解が起きがちです。サステナビリティの方がより広い概念で、ESGはそこに内包されている概念だと考えている人もいます。一方で、ESGの方が包括的な用語で、より実用的で具体的かつ計測可能な指標を持つものがサステナビリティだと考える人もいます。

しかしこれらの概念には微妙な違いがあり、それをはっきりさせることが重要です。

ESGは投資業界から生まれてきた概念であり、環境や社会、ガバナンスなどの要素が企業の財務価値や潜在的なリスクにどんな影響を及ぼすのかを評価します。この概念は、投資家や企業に焦点を当てる、外から内という流れの視点です。

一方、サステナビリティは人間と地球に焦点を当てる、内から外へと流れる視点を含んでいます。そもそもサステナビリティは企業が環境や地域社会、そしてより広い社会にどのような影響を及ぼすかをみる概念でした。

負の影響を、どう管理するかが問われている

気候変動の大きな原因を作り出しているエクソンモービルのような企業が、ESGの原則に沿った報告をしているからと「貢献度が高い」と評価を受けています。このような事態は「グリーンウォッシング」の現象を生み出す可能性があります。重要なのは、彼らの報告がは虚偽ではないものの、その活動自体は本来のサステナビリティの理解とは異なっている、という点です。

ESGとサステナビリティに関する議論は変化しつつあります。

「サステナビリティに配慮した経営をすることがビジネスに繋がるか**(”business case of sustainability”)」、つまり、善行は利益に繋がるのか、という議論は大事です。一方で、「企業そのものが持続可能(サステナブル)か」、つまり、企業が社会や環境に対し潜在的に抱えている負の影響を、どう管理し、企業活動を持続していくことができるか(”sustainability case of business”)**、という視点も大切で、議論の軸足はこちらへと移りつつあります。

この変化を推し進めている重要な要素として、規制、顧客からのプレッシャー、投資家、そして人材の四つが挙げられます。世界中で規制が強まり、企業がより多くを開示することが求められています。

また顧客のニーズも変化しており、特にB2Cセクターではより持続可能な代替品が求められています。

B2Bセクターでは、企業が自社のサプライチェーン上の取引先に持続可能な取り組み遵守するよう圧力をかけています。日本でも、持続可能な事業方針を策定し、サプライヤーにもサステナビリティへの取り組みを求める企業が増えています。

また、温室効果ガスの排出問題が注目されており、企業が目標達成のためにどんな戦略をとるかが重要となっています。こうした変化を受け、組織は新たな課題に直面することになりますが、一方で新たなチャンスにもなり得ます。存続と成長には、適応と変革が重要な要素になるからです。

地球環境のサステナビリティによって評価されるという未来を見越し、世界中の企業は自社の慣習を再評価しなければならなくなりました。かつて再生可能エネルギーへの転換で称賛されていた企業が、今やバリューチェーン全体での二酸化炭素排出量の大幅な削減を求められる、といったように。

というのも実は、二酸化炭素排出量の95%が、「スコープ3(自社の事業活動に関連する他社・他者の排出)」によるものだからです。そこでバリューチェーン全体で発生する間接的な二酸化炭素排出量への対応に注目が高まるにつれ、企業は積極的にサプライチェーンに関わることが求められています。

デジタル技術はサステナビリティ戦略で重要な役割を果たしています。最も多く二酸化炭素を排出している供給元がデジタル技術で分かるので、その結果次第で、持続可能な方法で取り組むよう供給元と話し合うか、別の供給元を選ぶかが可能になりました。

企業がサステナビリティに移行している一因には、投資家からのさらなる圧力も関係しています。

日本でのESG投資の積極的な採用は2016年と遅かったものの、今では、かなり注目を集めるようになりました。より厳しい規制が導入されたことでESG投資が増え、企業の環境や社会問題の管理に対する不信感を抱いたアクティビスト系投資家が株主提案を行うケースも増えています。

また、興味深いことに、優秀な人材による圧力も増しています。特にミレニアル世代は、サステナビリティ戦略をしっかり実行している企業を選んで働き続けているという傾向にあります。

ミレニアル世代の2/3 がサステナビリティへの貢献が十分でない会社は「辞める」と答えている調査もあります。また、日本のミレニアル世代も、SDGsへの意識が給与の額より重要だと考えています。そして、ミレニアル世代だけでなく、すべての世代がサステナビリティへの貢献度を重視するようになってきています。

こうしたサステナビリティへの挑戦は、単にリスクとして見るべきではありません。そこには大きなビジネスチャンスが存在し、例えばアジアでは4兆~5兆ドルともいわれる新たな市場ができると予想されています。

企業はこれらの新しい市場セグメントを理解し、新たな価値を獲得するために核となる能力をどこで活用するかを絞らなければなりません。

日本の企業は脱炭素技術の先端に立っており、企業がさらにサステナビリティとESGに取り組むことには大きなポテンシャルがあります。

日本の企業の取り組みの水準は、全体としてヨーロッパや北米に後れをとっています。日本の大企業は中小企業に比べ進んでいるとは言えますが、それでも改善の余地が多くあります。

サステナビリティビジネスをリードするには

この変化を乗り切ろうとするリーダーたちがすべきなのは、積極的にリスクを管理し、ビジネスのチャンスを探し出すことです。

企業は事業活動を最適化し、高い価値が約束される分野に焦点を当てなければなりません。**サステナビリティは多面的な問題であり、成功のためには戦略的な選択が必要**です。

変化するビジネスの世界で、サステナビリティは単なる流行語ではなく、価値を生む重要な要素です。新たな市場と価値のパラダイムが全く新しいシステムを生み出す。多くの企業でそう認識されつつあります。

電気自動車を考えてみてください。この領域が今後発展するには、インフラやバッテリーなど、ビジネスエコシステムの構築が必要です。

こうしたエコシステムでの役割をより深く理解するにつれ、企業はエコシステムの単なる一つの「構成員」から、エコシステムの「構築者」(システムビルダー)へと移行していくことになります。

そのためには、組織を超え、他のエコシステムにある要素をどう活用できるかを理解することが必要になってきます。

では、こうした変化を企業が管理するにはどんな方法があるでしょうか。まず、戦略的なアプローチを取る必要があります。事業のサイクルの中に、自社が負の影響を最も大きく減らせる部分がどこにあるかを把握することが先決です。

プラスチックごみのような、目に見えやすい問題ばかり焦点が当たり、生産や供給チェーンの、見えないけれども重要な問題は無視されがちです。ですが、こうした方法だけでは、サステナビリティに有益な結果がもたらされるとは限りません。

サステナビリティは、デジタルトランスフォーメーションと同様に、戦略的な選択です。企業はどこで勝負し、どんな成功を収めたいのかを決めておく必要があります。これには選択とトレードオフが必要で、企業の社会責任(CSR)の活動を超え、利益とサステナビリティを調和させる戦略を採ることが必要です。

サステナビリティ戦略には、組織の構造と取り組みを変えることが必要です。サステナビリティの目標に向けた進捗を数値化するために明確なKPIを設定し、サステナビリティへの取り組みを奨励するインセンティブを作り出すことが求められます。

戦略的なサステナビリティ選択の成功例として、三菱商事の脱炭素化NTTグループのウェル・ビーイングとインクルージョンへの注力セイコーエプソンの循環性への貢献が挙げられます。自社が大きな影響を与え得る分野を特定し、そこに集中的に投資したのです。

技術やデザイン、顧客の焦点、またエコシステムへのアプローチは、サステナブルな変革における重要な要素です。

企業はデジタルトランスフォーメーションとサステナビリティの相互作用を認識し、デジタル技術を活用してサステナビリティ目標を目指すことが求められています。

製品デザインもまた重要な要素です。

製品が環境に与える影響は、設計段階で最大8割が決まるとされています。製品の解体や、リファービッシュメント(返品製品を修理し再販売すること)、リサイクルをあらかじめ考慮に入れた設計を学ぶ必要があります。

一方で、サステナビリティを追求する上で、顧客の存在を見失ってはなりません。環境目標を追求することで、かえって顧客満足度を損なうリスクがあるからです。顧客が品質とパフォーマンスに加え、サステナビリティを求めているかどうか、意識する必要があります。

最後に、サステナビリティとは、ビジネスエコシステム全体での取り組みなのだと理解しておく必要があります。サステナビリティは企業単体で達成できるものではなく、成功のためには企業間の協力、エコシステムの建設、種々のプラットフォームの活用が必要です。

サステナビリティが多くの企業で中心的な課題になるに従い、この分野で戦略的に優位に立つためのチャンスは次第に閉ざされつつあります。チャンスがなくなる前に、積極的に行動し、事業の好機を探る必要があります。サステナビリティ分野を牽引する存在になるか、それとも後から追いかけるのか、それは皆さんの選択次第なのです。

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