1997年、サーバー1台、取引先13社から出発したネットショッピングサイト「楽天市場」。運営企業・楽天は、会員へのポイント付与を軸にしたリワードプログラムで、保険、証券、銀行、広告、旅行、クレジット、モバイル通信などに進出、巨大なエコシステムを生み出しました。
そして今、独自の通信技術を国内外の通信事業者向けに展開する新事業組織「楽天シンフォニー」を立ち上げ、大きな賭けに出ています。。
「楽天はeコマース会社でもなく、フィンテックでもない。メンバーシップ企業なのです」
同社の三木谷浩史代表取締役会長兼社長は、IMDのJean-François Manzoni学長との対談で、同社のありようを、こう表現しました。一部をご紹介します。
「未来の姿は、これ」。通信設備のクラウド化
最近、同社が注力しているモバイル事業と通信設備のクラウド化にも話が及びました。
同社は、携帯電話の基地局の機能の一部をソフトウェアに置き換える技術「完全仮想化クラウドモバイルネットワーク」を開発。自社事業「楽天モバイル」の通信網にも使っています。基地局の設備がシンプルになり、ネットワークの管理や運用がクラウド上で済むため、従来技術より低コストで運用できるといいます。2021年、携帯電話事業を手がけるドイツの通信企業「1&1」に、この技術を使ったネットワークの構築・運用・保守を複数年契約しました。一連の技術の開発や販売事業を、新たに立ち上げた事業組織「楽天シンフォニー」に一元化しています。「未来の姿は、これだと考えています」と三木谷会長。
キャプション:楽天ホームページから引用
三木谷: スマートフォンとワイヤレス接続は、インターネットサービスや金融サービスをする上で、当社にとっても非常に重要なタッチポイントですが、それ以上に生活、社会、国にとっても非常に重要なものになりました。
しかし、この領域は2G、3G、4G、5Gと進化することなく、常に専用のハードウェアで運用されてきました。
そこで私たちはワイヤレス接続を“mobile as a software”(ソフトウェアとしてのモバイル)と再定義し、主要プロジェクトの1つとして取り組むことにしたのです。例えるならアマゾンのeコマースとAWSのようなものです。
2014年に楽天が立ち上げたMVNO(仮想移動体通信事業者)事業「楽天モバイル」はインフラコストを負担しないことで利益を生み出してきましたが、自社回線への順次切り替えを始めた2021年の純損益は1338億円と過去最大の赤字となり、株価も下落しました。この点をManzoni学長から問われた三木谷会長ですが「大きな成功を収めるだろうと確信している」と答えました。
三木谷: 株価を追いかけるだけでは、大きな変化は望めません。2000年のインターネットバブルの時、IPOの時価総額38億円は数週間で500ドルまで急落しました。
でも、私たちはこの事業が大きな成功を収めるだろうと確信しています。アマゾンが強いのは、収益を上げる自前のインフラと物流能力があるからです。Googleにもデータセンターがあり、非常に高い計算能力を有している。超資本集約的です。
技術も素晴らしいものですし、おそらく競合他社より数倍効率的です。私たちは将来、日本一の携帯電話会社になるでしょう。
楽天モバイルで多くのソフトを開発しました。それらを1つのパッケージに統合し、経済的にも運用的にもかなり効率化しました。
ネットワーク管理の業務の多くをAIで自動化し、ネットワーク構築に必要な設備投資を抑え、運用ネットワークのコア構造を大幅に縮小しました。
このプロジェクトを始めた当時は、誰もが本当にワイヤレスネットワークを作れるのかと疑っていました。モバイルサービスとソフトウェア会社の両方を持っているのは楽天だけです。
他の会社は、通信サービスを持っていませんし、あっても複雑な仕組みです。でも、私たちはシンプルにしたいのでクラウドを持っています。楽天シンフォニーは「スピード・スピード・スピード」の思考で、試行や修正を繰り返して絶対に成功します。
1台のサーバーと数社の取引先から始まった同社は、26年でこれだけの巨大グループに成長。米国でのキャッシュバックサイトの運用や東欧諸国や東南アジアで人気の「Viber」(メッセージング・プラットフォーム)の100%株式取得など、海外展開も強力に進めています。同時に、認知度獲得のため、スペインの強豪FCバルセロナ、米NBAのゴールデンステート・ウォリアーズのスポンサーにも手を挙げています。
ーー これからも国外での事業をどんどん拡大していくつもりですか?
三木谷: もちろんです。インターネットに国境はありません。勝機のない国でリソースを無駄遣いしないようビジネスを展開してさらに成長すれば、最先端技術を活用したビジネスモデルにもアクセスできるようになります。国内にとどまっているのは危ういと思っています。
ーー スペインのFCバルセロナ、米NBAのゴールデンステート・ウォリアーズのスポンサーもされています。これも楽天ブランドを世界的に認知してもらうのが目的なのでしょうか。
三木谷:ブランド構築にはお金がかかりますが、FCバルセロナやウォリアーズといったスポーツ組織と連携して、楽天ブランドを知ってもらうとともに「私たちは人を大切にします」「私たちは地域を大切にします」「私たちは社会を大切にします」というメッセージを発信していくことも重要だと思っています。
「eコマース会社でもなく、フィンテックでもない。メンバーシップ企業なのです」
楽天という企業で「ビジネスモデルとエコシステムの安定性と成長の可能性を実証してきた」と三木谷会長。一つのビジネスモデルに固執せず、サービスの幅を広げ、ユニークで魅力的な事業を導入して、常に「楽天」が冠につく名前で、独自のブランドとシステムを構築してきました。後押ししてきたのが、ポイント制を始めとする、会員へのリワードプログラムです。
ーー楽天のエコシステムでのグループ企業同士のつながりは非常に強いようですが、こうしたエコシステムを作る方法を教えてください。
三木谷: 二つの視点があります。一つは会社の組織構造や文化、もう一つは、ビジネスモデルです。
ビジネスモデルの話からすると、eコマースの楽天マーケットプレイスと銀行と通信会社では、当然異なるスキルセットが必要です。普通はこれらの企業を一体的に機能させるのは難しい。しかし、楽天独自の文化のおかげで実現できました。楽天銀行が日本最大のオンライン銀行である理由は、このエコシステムを活用しているからです。
ーー ひとつのサービスを使うと他のサービスも使いたくなるインセンティブの設計の工夫はどこに?
三木谷: 20年前からメンバーシップ型企業を作る戦略を立てていました。楽天はeコマースでもなく、フィンテックでもありません。会員制企業なのです。自社でサービスを提供したり、外部サービスをパートナーとして利用したりしています。
メンバーシップの構築には、リワードプログラムやブランドシップの確立が必要です。
各サービスの顧客獲得コストは、競合他社よりもはるかに低い。従ってオペレーションも効率的で、コストも節約できる。その分を消費者に還元しています。楽天ポイントで楽天モバイルの利用料を払えますし、楽天市場での買い物で楽天カードが使えます。楽天トラベルで旅行に行けますし、楽天ポイントを支払いにあててモバイル契約料はほぼ無料。データとAIで低コストで再現し、顧客に効率よく還元して、会員としてのメリットを実感してもらう。
ーー 話に出ている「会員」と「顧客」の違いは何ですか。
三木谷: 会員には、ロイヤリティ・プログラムと、データの2つがあります。
例えば、クレジット大手のカードを申し込むと最初は3000〜5000ドル程度の利用限度額が設定されますね。しかし会員であれば過去5年間、一度も支払いが遅れたことがないと履歴で把握している訳ですから、申し込み当日から2万、3万ドルの利用限度額で始められるのです。
知っている分、さらに特典付与もできます。マイレージプログラムのような特典プログラムであり、さらにそれをゲーム化できるのです。楽天カードでは、例えば暗号通貨を購入することができますし、ETFも株も買えるのです。
スピード!!スピード!!スピード!!
インターネットが普及を始めた1997年、日本興業銀行を飛び出し、独立した三木谷会長。急成長を支えた独自の哲学を披露します。
「『失敗』は『学習経験』。学ぶことで自分が強くなれる」
「大きなリスクを取ることもあるが、取れるリスクと取れないリスクがある」
ーー楽天が掲げる5つのバリュー(下記参照)は独特ですね。このコンセプトを教えてください。
「常に改善、常に前進」
「Professionalismの徹底」
「仮説→実行→検証→仕組化」
「顧客満足の最大化」
「スピード!!スピード!!スピード!!」
三木谷:利益を出すビジネスを作るだけでなく、社会にとって価値のあるビジネスを創造し、若い人たちに、日本人でも世界的に成功する企業を作れるのだという思いをビジョンに込めました。
物事には速度と、エネルギーが必要です。いかに早く成功するかだけでなく、いかに早く失敗するかも大事です。私にとっての「失敗」は「学習経験」。修正や、時には撤退もしますが、学ぶことでさらに自分が強くなれると考えています。だから、スピードや敏捷性は重要です。
大きなプロジェクトの時は準備も必要なので、スピードと準備のバランスが大事です。
ーー 多国籍、かつ何万人もの従業員に、どうしたらブランドコンセプトや価値観を浸透させられるのでしょうか。
三木谷:粘り強く実践を続けていくことです。例えば、月曜日の朝は、今でもグループの全体会議を開いて、ビジョンを共有しているし、オフィスを掃除する時は、私自身も含めて皆で椅子の脚を拭いています。
ーー なぜ椅子の脚を拭くのですか?
三木谷: 一人一人がビジネスを自分のこととして捉える効果があると思っています。自分の家なら、台所も居間も自分で掃除するし、椅子に埃が積もっていたら拭きますよね。それと同じです。
ーー 10年以上前には社内の英語化を進める決断もしましたね。
三木谷: 世界的なサービス企業を目指せば様々な人種が集まるので、日本人と外国人の間に壁は作れません。日本にはコンピュータサイエンスやコンピュータエンジニアリング、プログラミングを専門に学ぶ卒業生が年間1万6千人しかいないので、そもそも優秀なエンジニアや科学者を雇うのも難しい。
アメリカは約40万人、中国は100万人、インドでは200万人くらいいます。今年、私の会社ではインド工科大学(IIT)から5150人の新卒を採用しました。メタやマイクロソフトの採用数より多いし、Googleよりも多いでしょう。
日本人の社員にも、日本国内だけではなく、世界で起きていることを見て、他国の成功事例から学んで欲しいと思っています。
ーー 起業家精神を持ち続けていられるのは、なぜですか。
三木谷:私はチャレンジャーです。他人と異なる手法をとることを恐れません。過去の経験に囚われないように意識していますし、ビジョンもあります。だから社員もまとまっているのだと思います。私たちはムーンショット・プロジェクトをやっているのです。
大企業への挑戦や破壊だけが目的ではありません。新しいやり方を示したいと思っています。例えば大手銀行は、いまだに旧来のメインフレームを使っています。一方、楽天はすべてクラウドを使う。通信業界も同様で、データの伝送に旧来型システムのように、ケーブルを使うのではなく、無線媒体を使うよう再定義しています。
ーー企業としての理想と、株主やアナリストを満足させることとのバランスをどう考えているのでしょうか。
三木谷:資本はイノベーション、創造性、そして社会的起業家精神の源になります。私はアジアで最も大きな慈善家の一人ですし、資金を社会に還元し、研究やビジネス開発などもしています。地域経済の活性化にも貢献しています。日本のほぼすべての都道府県と戦略的パートナーシップも結んでいます。
ーー あなたは型破りで一匹狼に見えます。重圧を感じませんか。
三木谷:私は一匹狼ではありません。時々、大きなリスクを取ることもありますが、取れるリスクと取れないリスクがあります。例えば、中国でファーウェイのネットワーク機器を買いネットワークを作ろうと考えましたが、政治的なリスクは取らず、技術面で勝負します。だから私は一匹狼でも、イーロン・マスクでもありません。私たちが進めていることは理にかなっているので、数年後には、誰もが正しい選択だったと言うでしょう。
例えば数年前、欧米の通信大手企業のCEOに” mobile as a Service”の計画を話したら、「あなたがやっていることは未来につながる。ミッキー、頑張ってくれ」と言われました。問題なのは、大手通信会社自体がこうしたことに挑戦できていないことなのです。
ーー 雑音から身を守る一方で、聞く耳を持つのも大事です。他者のアドバイスをどう受け止めていますか。
三木谷: 耳と目を開くことは大切です。一度拒めば、率直な意見や助言はもらえません。ロシアのウクライナ侵攻も、その後の経済が行きづまりも、誰も教えてくれなかった。でもやっぱり水は高いところから低いところへ流れます。
ーー 日本は、これからどう変わると思いますか。
三木谷:沢山の古いものを規制緩和する必要があります。日本は美しく、安全な国です。もっとオープンになり、経済やイノベーションに貢献する外国人を増やさなければなりません。もっと多様化し、デジタル化する必要があります。
大きな利益を得ている日本企業の多くは変化を好みませんが、変わらないままでは、世界の中で遅れた魅力のない国になってしまうと思います。