【解説】ミシュラン、ハイネケン…欧州製造業DXの現在地

デジタル技術を使った新たなビジネスが、その業界の構造を根こそぎ変えてしまう「デジタルディスラプション」。IMDのGlobal Center for Digital Business Transformation(DBTセンター) では2年に1度、14の主要産業のデジタル・ディスラプションの状況を追跡した調査書「Digital Vortex」(デジタルの渦)にまとめています。調査にあたったDBTセンターの横井朋子研究員が、最新調査から見えた状況や事例を、製造業を中心に日本でのイベントで解説しました。新著や5月の登壇イベントと併せ、ご紹介します。

横井朋子(よこい・ともこ) IMD Global Center for Digital Business Transformation 研究員 兼 アドバイザー。 B2B/B2C業界のシニアエグゼクティブとして20年にわたりDXやマーケティング業務に従事。大企業とスタートアップの双方のデジタル課題を熟知している。実務経験に基づく独自の洞察を「Forbes」「MIT Sloan Management Review」「Harvard Business Review」などに寄稿。共著に「ハッキング・デジタル」「ビジネス変革を実現・加速するためのベストプラクティス」など。

 

調査は、70カ国の14業界の大企業役員に実施、2000超の回答を分析しました。「2019~2021年で、大半の業界がデジタルの渦の中心に近づいていることが確認されています」(横井研究員)

デジタルディスラプションの影響を最も受けている業界はメディア、娯楽、小売、通信、テクノロジー製品・サービスの5つ。 デジタル化でもたらされた「渦」の中心に近づいている業界ほど、ビジネスの変革に迫られているようです。

調査では、回答者の41%は競争激化で、1〜3年ごとに組織改革を迫られていると答えました。うち23%は毎年組織改革する構えがあると答えています。今後5年で、各業界の上位10社のうち3分の1以上の顔ぶれが入れ替わるという見方も多かった、と横井研究員。

自社のデジタル戦略が「ない」と答えた企業は2割を下回ったものの、「本来の目標を達成できていない」自社のDXプログラムが87%に上るなど、導入に苦慮している様子も見えてきました。この理由について横井研究員は「スキル不足、曖昧な目標、組織変革よりも技術に焦点を当てすぎている点」とみています。

また、部署ごとに戦略を作っていると答えた組織は4%まで減っていることから、散らばっていたデジタル戦略が組織全体に統合され、一元化が進んでいることがうかがえました。「部署ごとの戦略ではプロジェクトが重複しがちで、その分コストや手間がかかります。一方、組織的なデジタル戦略に取り組んでいる組織ほど、業績は好調です」(横井研究員)。

製造業界は、渦の周縁に「とどまっている」ことから「多くの企業は旧来のコスト構造やバリューチェーンに悩まされており、デジタルディスラプターと争えるだけのインフラや構造になっていません」。

製造業界の幹部の半数以上が今後5年以内で変化の加速を予測し、4割が機械の活用など、デジタルディスラプションへの対応などに意識的に取り組んでいる傾向がみられました。

ミシュラン、ハイネケンのDX事例

横井研究員は、企業のデジタルガバナンス(デジタル領域の管理や構造設計)の事例をいくつか紹介しました。

まず、130年の歴史を誇る仏タイヤメーカー・ミシュラン。同社が1900年に始めた「ミシュランガイド」は、車の移動に飲食や宿泊など「楽しみ」の付加価値をつける、先進的な取り組みで、自動車の需要喚起を目指したことで知られます。近年は、他社との価格競争、カーシェアリングなどの新規事業などが広がる中、タイヤの「スマート化」を目指しましています。

タイヤに埋め込まれたセンサーから届く、走行距離、圧力や温度などのデータをもとにタイヤを管理するコネクテッド・モビリティ技術を開発、適切なルート提案など顧客の輸送コスト節減も保証する数年単位の契約事業を始めました。タイヤ製品の販売から、顧客のパフォーマンス向上に寄与するサービス事業への転換を進めています。

「デジタルチームが同社の組織全体のDXのイニシアチブをとり、事業、製造現場とともに、IoT、デジタルイノベーション、AI関連のツールとサービスの構築に焦点を当てました。現在、2030年までにタイヤ以外の事業収益を20%から30%に増やすことを目指しています」(横井研究員)

180カ国で展開するオランダのビールメーカー「ハイネケン」では、レストランやホテルなどBtoB事業のDX化を進めてきましたが、クラフトビール販売のECプラットフォームの事業化では、全く違うアプローチをとりました。

ベンチャー企業「BeerWulf」を設立、本体から切り離した経営形態をとることで、クラフトビールの醸造所と消費者をつなげるECプラットフォームなど、独自のデジタルアーキテクチャを迅速に構築、2019年の創業からわずか数年で11カ国まで拡大しています。

 

【横井研究員・イベント登壇のお知らせ】

5月24~26日に開かれる「DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー HBR100周年記念フォーラム」に横井研究員が登壇します。3日目の26日に「デジタル・トランスフォーメーションの本質」をテーマに講演します。テーマと概要は次の通り。

💡 デジタル・トランスフォーメーション(DX)は、最大9割が失敗に終わると言われている。しかしその原因はテクノロジーではなく、人材、プロセス、文化、そしてCDOへのプレッシャーや責任範囲にあるという。本講演では、IMDでDXの研究を行う横井朋子氏に、DXを成功させるための重要なポイントを聞く。さらに、「デジタルに対する責任」や「AI倫理」といった、これからのDXに欠かせない重要な視点についても解説する。

【聞き手】小島健志 DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー編集部 編集長 (サイトより)

 

【新刊】DXの「どうやって」を解き明かす。IMD DBTセンター研究者らが「ハッキング・デジタル」発刊

記事で紹介した製造2社の事例も含め、世界のDXの実践をまとめた「ハッキング・デジタル」の邦訳版が発刊されました。マイケル・ウエイドDBTセンター所長を始め、横井研究員も共著者として参加しています。序章の一部をご紹介します。

DXは「プロジェクト」ではなく「ジャーニー」である。

内容紹介より)

DXは1回かぎりのプロジェクトでも、実験的な打ち上げ花火でもない。組織全体に浸透し、デジタル技術が組織活動の基本構造になるまで続く、長い段階的なプロセス(ジャーニー、旅路)だ。本書には、約10年にわたるDXについての研究のなかで著者たちが集めてきた「実践者たちのベストプラクティス」が詰まっている。「変革」という難事業を成し遂げるための手法として役立つはずだ。

 

・なぜDXなのか。明確で強力な「変革理念」を掲げるには?

・デジタル化の取り組みを、どの程度まで統合/分離するか?

・社内にない技術やソリューションにアクセスするには?

・サービスモデルへ移行し、プラットフォームの力学を用いるには?

・リソースを柔軟に割り当て、サイロ横断型の連携を促すには?

・プロジェクトを拡張して、スケールアップを図るには? など

テーマごとに、ベストプラクティスや洞察、アドバイスを提供する。順不同で読んでいっても学びや洞察が得られるように、本書は、どの章も同じ構成になっている。まずは各章のテーマとなる課題を提示し、最重要のアドバイスを短くまとめたあと、次の4つのセクションで深掘りする。

1 なぜ重要か(なぜそれがDXの成否にかかわるのかを説明する)

2 ベストプラクティス(その課題にどう取り組むべきか、事例を交えながら説明する)

3 ツールボックス(すぐに効果を出すために用いることができるツールを紹介する)

4 チェックリスト(本書のアプローチを取り入れる際の検証に使える質問を紹介する)

💡 「本書の目的は、DXの「どうやって」を解き明かすことだ。難しいことだが、不可能ではない。私たちは思い出したくないほど多くの失敗を目の当たりにしてきたが、その一方で数多くの成功も見てきた。本書では、そこで得たベストプラクティスや洞察、アドバイスを取りそろえている。いま直面しているDXの難所を乗り越え、道を切り拓き、デジタル組織の実現に近づくために、ぜひ役立ててほしい」(序章より)