人材の競争力、どう高める?CHROら議論

日本経営変革フォーラムイベント報告

「日本経営変革フォーラム」は、日本の競争力回復に必要な「三つの変革(DX/持続可能性/タレント)」の実現に向けて、IMDの知見や事例を提供しながら、参加するCXO間の対話や交流を行う場です。10月2日のフォーラムのテーマは、「人材競争力の向上」。日本の代表的企業のCHRO(最高人事責任者)、人事・人材育成や事業経営の幹部が集い、IMDの世界競争力ランキングを起点に、 Misiek Piskorski IMD教授らと活発な議論を展開しました。その様子の一部をご紹介します。 

 3つのランキングから見えた課題と可能性 

フォーラムの冒頭、高津尚志・IMD北東アジア代表が登壇、IMD世界競争力センターが毎年発表している「世界競争力ランキング」「世界デジタル競争力ランキング」「世界人材ランキング」の3つから見える日本の課題と可能性を解説しました。 「人と組織に関わる評価が順位を引き下げている。だからこそ、日本には伸びしろがある」と指摘しました。 

1:世界競争力(2023年版) 

日本は過去最低の35位に。サブ因子別=下図=に課題を探りました。 

「科学的インフラ」(8位)「健康と環境」(8位)「雇用」(5位)は世界トップ10に入っています。 

一方で「生産性と効率性」(54位)「経営慣行」(62位)「姿勢と価値観」(51位)といった、「ビジネスの効率性」因子を構成するサブ因子の低迷が目立ちます。 

高津代表は「経営慣行、姿勢と価値観など、本来、経営幹部・管理職が動かせるはずの人材・組織イシューが競争力全体を引き下げている。これはここに集うビジネスリーダー自身の課題であり、責任ではないか」と問題提起しました。

さらに、日本の企業幹部がサーベイで評価している要素の一部を、2014年と最新の調査で比較。

企業が「社会的責任」(3→2位)や「人材の獲得と維持」(7→4位)を重視する「意識」は世界トップクラスですが、「企業の俊敏性」(55→64位)「起業家精神」(55→64位)「ビッグデータとアナリティクスの活用」(64位)は最下位。また、「マネジメント教育」がビジネス界のニーズを満たしているかについても、順位の低下(49位→60位)がみられました。 

高津代表は「意識は高いが、現場での実践や、教育への投資につながっていない」と指摘し、「知行不一致が感じられる」と語りました。また、「日本の回答者は文化的に自らに辛い点数をつけがち、という見方もあるが、回答者の構成をあまり変えていないのに、年々、評価点は下がっている。日本の経営幹部の危機感の高まり、あるいは自信喪失の進行があるのではないか」と話しました。     

2:デジタル競争力(2022年版) 

日本は63カ国中29位でした=下図。 

「科学的集積」(14位)、RDへの投資状況等を評価する「技術的枠組み」(8位)など科学技術の基盤の強みが目立っています。 

 一方、「人材」(50位)「規制の枠組み」(47位)「ビジネスの俊敏性」(62位)の低さが目立ちます。 高津代表は「ここでも、人材・組織の弱みが、科学技術の強みを打ち消している。逆に言えば、人材・組織が変われば、強みを活かせる」と指摘しました。   

3:人材競争力(2023年版) 

日本は過去最低の43位でした。評価を3つの因子に分類して見ると、強みと弱みがはっきり見えてきます。 

国内人材への「投資と開発」の項目を見ると、「従業員教育」の優先度合いの相対的低下(30→35位)が目につきます。また「教育への公的投資(対GDP比)」(53位)など、学校教育に関する統計データも芳しくありません=下図。

評価が高かったのは、国外人材を惹き付ける「魅力」因子でした=下図。「人材の確保と定着」(4位)への意識や「経営陣の報酬」(7位)の水準、「司法の公正さ」(11位)の高い信頼が目立ちます。ただ、「外国人高度技能人材」に対して、日本のビジネス環境が魅力的かどうかを問うサーベイでは、前年同様54位。「頭脳流出」への懸念(44位)も強く、優秀人材の出入バランスに関する厳しい見方が伺えます。   

一方、2年連続低下した「準備」=下図は過去最低の58位でした。


「上級管理職の国際経験」は、調査対象国の中で最下位(64位)。「有能な上級管理職」(62位)、「語学力」(60位)、「マネジメント教育」(60位) など管理職のスキル不足への危機感が浮き彫りになりました。  

高津代表は 「労働人口が急減する中、日本経済の維持成長には、 国内人材の育成、 国外の高度人材の誘致、多様な人材の活用のすべてが必要」と改めて指摘。3つのランキングの分析から、「人材の活用を担うリーダーの能力への投資が、日本がいまだ持つ強みを成果につなげ、競争力を向上させる。ここに伸びしろがある」と話しました 

 

「若手人材の発掘と集中投資を」 

この後、参加者は人材の獲得や育成について自社の取り組みをテーブルごとに話し合いました。多様な人材を惹きつけるために本社機能をシンガポールに移したり、新卒採用で男女比を半々にしたり、選抜型の若手育成プログラムを導入したりと、様々な事例が共有されました。  

Piskorski教授:「日本の企業は勤続年数に基づく昇進がいまだ支配的ですが、これは効果的ではない、との見方が強まっています。組織を変革しそうな若い人材の発掘と、そこへの集中投資をしてはいかがでしょうか」

「若い人材には3つの機会を与えてください。異質な環境に身を置くこと(Exposure)、そこで経験を積むこと(Experience)、教育を受けること(Education)。海外や社外で働く、スタートアップに転籍するような経験を積んでもらうことも有効です」 

ある企業のCHROは、グループ全体で30~40代前半の社員100人を幹部候補に選び、3年ごとに研修や重要な業務を経験させる、選抜型若手育成プログラムを紹介しました

Piskorski教授:「非常にいい仕組みですね。様々な任務を経験すれば、リーダーとしての意識や能力が高まります。組織は過去の経歴や実績を評価しがちですが、潜在的な素質を測るなど、新しい評価と育成のアプローチも取り入れることが大切です」 

人材の流動性を高める 

 働き方が多様化する中、転勤や異動で経験を積ませるという従来型の人材育成が難しくなったという指摘もありました。また、人材の流動性の低さが日本の課題だとの意見もありました。 

Piskorski教授:「金融業界では、ソフトウェア、スタートアップ、フィンテック領域での勤務経験が昇進に必須となってきています。もはや、一つの部門で昇進し続けるという道は減りました。外国での勤務経験や、別部門への異動を昇進の条件にするなど、人材育成の期待値を明確に示せば、社員も受け入れてくれるのではないでしょうか」

「人材の流動性は、自社グループ全体で考えれば、比較的簡単に実現できます。若いリーダー候補を、より変革的な部門や関連会社に送り込む。ヒエラルキー型組織からシリコンバレーの企業のようなフラット型組織に異動させてみる。最初は戸惑うこともあるでしょう。でもそこで適応できるかどうかが、リーダーとしての素質を見る指標になります」 

新卒採用の男女比率を半々にした企業からの報告もありました。かつては男性8割、女性2割でしたが、そのCHROは「女性の管理職を3割に増やす」という目標を踏まえて、こう話しました。 

CHRO:「役員の3割を女性にすることを目指すなら、採用段階で女性を5割にしないと実現は難しい。女性の方がライフイベントによる休職や離職の頻度が多く、期間も長い、という指摘もありますが、それは男性でも起きています。だから『それは言うまい』と決めています」 

Piskorski教授:「大事な取り組みですね。女性幹部候補も早い段階で見つけて、『幹部候補として育てたい』と伝えることが必要です。そうしないと、『私は会社に期待されていない』と思ってしまうかもしれません。明確な期待と投資を示唆すれば、本人も自分のキャリアを意識するようになるでしょう」

海外人材を惹きつけるには

海外の高度な人材を自社に惹きつける取り組みも共有されました。ある事業部門の本社機能を、東京からシンガポールに移転した企業のCHROはこう語りました。 

人事責任者:「日本は、道路標識一つとっても日本語だけで書かれていて、外国人のための生活インフラが不足している。優秀な人が住んでくれる環境ではありません。職場では英語を使えても、日常生活で英語を話せる日本人が少なくて不便だという声も多かった」

グローバル展開するメーカーのCHROは、海外から役員級、マネージャー級の人材を日本に呼び寄せる際の苦労を語りました。 

CHRO:「日本は暮らしにくい、というクレームはかなり多い。最大のネックは、在住期間が5年を超えると海外での所得も日本で課税されること。そのため、皆、日本に慣れたころに帰国してしまう。なんとかしないといけない」

理系人材を輩出するインド工科大学の卒業生の採用を始めたIT企業のグローバル事業責任者はこう語ります。 

「日本で働きたいと言ってくれる人もいる。インターンシップを通じて適性や日本の住み心地も経験してもらっている。英語を社内公用語にした『楽天』は、日本のIT企業の中では人気の就職先で、インド、ミャンマー、ベトナムなどの人材は楽天をまず候補に挙げると聞いた。私たちも、日本語しか使えない職場を変えていかなければいけないと思っている

ここでも、Piskorski教授は「若手」に着目するよう勧めました。 

Piskorski教授:「年配の人たちが新しい環境で暮らすのは難しいかもしれません。でも、若い人たちは、日本での生活をエキサイティングだと感じてくれることも多いです。日本は今でも『行きたい国』の一つで、世界から非常に人気があります。採用対象の国や世代を広げてはいかがでしょうか。もちろん企業側も、英語で仕事ができる環境を作る必要があります。そうでないとせっかく来てくれても、うまく機能しませんからね」 

この日のフォーラムでは、限られた時間の中で、主に人材獲得や育成に関する日本企業の課題や試みを中心に対話しました。今後、「日本経営変革フォーラム」では、政府や経済団体などの代表者も交えて、日本企業が人材・組織変革をしやすい環境をマクロに作っていくことにも、挑戦していきます。最後に、Piskorski教授は、再び日本の可能性に言及しました。  

Piskorski教授:「ランキングの順位の低さに焦点を当てているだけでは、答えは出ません。これを伸びしろやポテンシャルだと思えば、すごくワクワクします。日本は、例えば技術分野では常に先頭を走ってきたし、GDPの3%もの資金をR&Dにあてている。自動車メーカーのこれまでの強さにも、成果が表れています。素晴らしい基盤があるのです。もっと、活かせるはずです」 

JMTF過去の開催イベント

【日本経営変革フォーラム】文化、組織、社会。CxOが語る、それぞれの「変革」 – IMD News