変わらないために変わり続ける。デジタル変革の3つの視点

5月11日に開かれた日本経営変革フォーラムに、デジタル変革が専門のMark Greeven教授が登壇。企業のデジタル変革に必要な視点と事例を語り、参加した日本の代表的企業のCXOの方々と議論しました。講演の一部をご紹介します。

1. デジタル変革の核は「顧客」

現在、非常に多くの企業がデジタルトランスフォーメーションあるいはDXに取り組んでいます。しかしデジタルトランスフォーメーションはなぜ必要とされ、どんな点が重要なのでしょう。

そして、デジタルトランスフォーメーションに取り組んでいる企業は理想とする地点から、今はどの段階まで到達できているのでしょうか。

ここに「鏡の国のアリス」の挿絵があります。

このシーンでは、赤の女王がアリスにこう言います。「アンタの世界ではどうか知らないけど、この世界では、その場にとどまるためには、全力で走り続けなければならないんだよ」と。

未来を変えるには、同じことを続けるのではなく、ゲーム自体を変えなければなりませんDXとは変革であり、これまでの取り組みを強化することでも、今までの事業を自動化することでもないのです。

DXには組織的戦略やリーダーシップ、テクノロジーが重要ですが、テクノロジーは目的ではなく手段であり、目指すべき目標は会社としての成長やインパクトの創造であることを忘れてはなりません。

顧客の嗜好などのデータを知ることで、顧客により価値の高い商品を創造し、将来の顧客の獲得にもつながります。つまりDXの究極の目的とは、企業と顧客の距離を縮めるために、デジタルな体験やサービス、アプリケーションを通じて顧客とデジタルに繋がりを持つことなのです。

2. デジタル変革、3つの段階

アマゾン、アリババなどの企業はかなり早くからデジタルで顧客を獲得していますが、他の企業の多くは、オンラインで商品を売り始めた段階です。

DXに至るには3つの段階が存在します。

第1段階はデジタル基盤の構築、端的に言えばアナログのものをデジタルにすることです。

第2段階は、創造したデジタル基盤から得られたデータやそこから得られる考察を使い、機能をデジタル変革させることです。研究開発、マーケティング、オペレーションなどの社内機能に新しい技術を取り入れれば、働き方も変わります。時間はかかりますが、組織を変えていくことになります。

最終段階は、事業をデジタル変革することです。社内ではなく、顧客に向き合い、データとプラットフォームを使って顧客にこれまでとは違う価値を提供するのです。新しいデジタル・ビジネスモデルの構築です。これが達成できれば完璧ですが、リターンに見合わない費用がかかることも多く、すべての企業がこの段階まで達する必要はありません。

またDXは組織の一部ではなく、全体で実行されるべきものです。DX担当だけでは実現不可能な、チームワークが必要とされる変革であることも忘れてはなりません。

3. ケーススタディ:中国平安保険グループ

既存事業のデジタル化に成功した企業を紹介します。

中国平安保険グループ (Ping An Group) は、DXを組織全体並びに顧客との関係性に導入し大きな成功を収めた企業の好例です。

同社は2003年、のべ15年に渡るDX推進計画をスタートさせました。これは当時非常に挑戦的であり、馬明哲CEOはデジタル技術の可能性を分かってはいましたが、本来、リスク回避傾向の強い保険業界で、先行きが見えづらいデジタル技術の導入は挑戦以外の何物でもありませんでした。

しかし、同社は5年をかけて強固なデジタル基盤を構築し、資産管理アプリで顧客のデジタル体験を向上させるなど、それまでアナログで提供してきたサービスをデジタルでも提供することに成功したのです。

加えて、強力なデジタルプラットフォーム企業が徐々に業界に参入し始めていることに気づいた馬CEOは、さらに変革をすすめるべく、自分とはあらゆる点で異なる優秀な人材に事業を引き継ぎました。そして、収集してきた膨大な顧客データを使い、新たなデジタルヘルス・プラットフォームを開発、大きな成功を収めました。

中国平安保険グループの例は、明確なビジョンと詳細なロードマップを持ち、長期的な視点でDXを推進することの重要性を示しています。

4. ケーススタディ:スイス・シンジェンタ(Syngenta)

もう一つの例として、農薬・種子業界を扱う企業であるSyngentaのDXへの取り組みを紹介しましょう。Syngentaが扱う主要な商品は種子であり、保険のようにデジタル化ができません。

しかし、同社は顧客とのつながりを深め、そこから得た情報を商品開発に活用したいと考えていました。

そこで顧客である農家を支援するための様々なデジタルサービスを開発することで、商品である種子自体の価値を高めようとしました。

その一つが農地のパフォーマンスや収穫量の把握を助けるアプリの開発です。このアプリで顧客数が増え、さらに顧客が求めている種子や開発の対象などを知ることができたのです。

しかし同社の変革はそれだけではありませんでした。

顧客のニーズが相互に関連していることを利用し、APIを活用して保険会社やローンプロバイダ、ドローンサービスプロバイダなどとのパートナーシップを構築し、自社商品である種を中心としたエコシステムを構築したのです。

先ほど述べたように、DXの要は顧客であり、デジタル体験やサービス、プラットフォームを生み出すことで、どんな価値を顧客に提供できるかが重要です。もし他社と連携できれば、自社の顧客にさらなる価値を提供できるようになるのです。

5. デジタル変革・3つの問いかけ

最後に、私からの3つの問いかけでまとめたいと思います。

1. 顧客の行動にどんなセンサーを付ければ、そのニーズをより深く理解できるだろうか。
2. 顧客とデジタルに繋がりつづけるためのデジタル体験をどう構築できるだろうか。そのために事業の主力商品をどんなデジタル技術とつなげていけばよいだろうか。
3. 第三者とのどんなデジタル・パートナーシップ(プラットフォーム、エコシステム)を構築/活用すれば、顧客への価値提供を加速できるだろうか。

日本企業の方からは、結局どうやってDXを始め、どこに注力し、どこを目指すべきなのか、よく訊かれます。私なら、顧客との間にある全ての機能やプロセスをデジタル化していくことに投資をするでしょう。

なぜかというと、繋がりがなければ何も始まらないからです。ほかに提案するとすれば、主力商品をピックアップし、そこに関連したデジタル体験を構築することです。

日本の企業がそれをできない理由はどこにもありません。むしろ日本の企業には、いったん決まれば確実に実行する力と、整備されたパイプラインという、強みが2つもあるのですから。

成功の秘訣は長期的な視点を持つことです。始めたばかりの段階ですべてを行おうとする必要はないのです。